2021年を振り返ってみたはなし ~書類整理にKaTaSu編~

 このテーマについては「 ブレークスルー」があったのは2021年でしたが人生かけて取り組んできた継続案件ですね。50年かかりましたが、やっと自分なりの方法が見つかりました。

 

 プライベートは積年の「負の遺産」の整理がなかなかつかなくてまだまだカオスが続いていますが、仕事の書類については迷子や未整理のものは現状ゼロと言う奇跡的な状況です。自分が認識していない整理ミスはあるかもしれませんが、少なくとも未整理案件が積み上がっていたり、「あれがない」と思いつつ探す時間が取れないみたいな状況にはありません。

 

 「それって人として当たり前」と思われる方もいるかと思いますが、50年間なんともならなかった部分なので自分としては奇跡的なんです。許してやってください(^_^;)



 

 方法は至って単純です。

 

1 作業中のタスクは原則1タスク1ファイルで ↓ これ、KaTaSuに放り込みます。

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2  タイトルと締切をロール紙型の付箋紙にざっと手書きで書いて背表紙にはり付けます。↓ 付箋紙のお薦めはコレです。

ポスト・イット® 全面粘着ロール PTR-50Y, イエロー, 50 mm x 10 m, 1 巻/パック, 10 パック/箱 | 3Mジャパングループ

3  タスクが完了したら成果品のボリュームにあったチューブファイルとかフラットファイルに整理収納します。

4  完了案件を収納していたKaTaSuは背表紙を剥がして新しい案件に再利用します。

 

 これだけです。


 改めて言語化してみると、骨組み的にはライフハックの古典である『「超」整理法』に近いのかもしれません。

・1タスク=1フォルダで収納するところ。

・タスクの分類は気にしないこと。

・作業中のタスクは全て一つの棚に立てて並べているところ。

 

 野口悠紀雄氏の同名新書で画期的なアイデアを世に問うたのは1993年のことだったようですが、僕がそのアイデアに触れたのはたしか就職した後のことで、恐らくは2000年前後だった気がします。

 試してはみたものの、

・個々のタスクの表題を一覧出来ない。

・封筒を使うと出し入れが微妙にまどろっこしい。

・クリアフォルダーではボリューム的に収まらない。

・他に適当な収納アイテムが見当たらない。

と言ったあたりがネックになって、自分の仕事には使えないなと断念した覚えがあります。

 

 KaTaSuの良いところは

・とにかく出し入れがスムーズ。

・多少嵩が張っても収納しきれる柔軟性。

・背表紙があるので内容を一覧できる。

つまり、当時感じていたもどかしさを見事に解消する存在だったわけです。

 

 KaTaSu以前の自分の事務処理を思い出してみると、「『作業中』を適切に収納、整理するプロセス」が処理できていなかったんですね。

 

 中途半端でもファイル収納するのが事務作業の基本だと思うのですが、僕は作業量の見積りが下手で、フラットファイルで収納し始めて結局チューブファイルに入れ替えたり、チューブファイルもサイズアップする羽目になったりで、スッキリしないことが多くてついそのままごちゃっと机に山積みにしたりしていました。

 全体像が見えないまま仕事を進めているので作業が進むと整理し直したくなったりで、手戻りが多過ぎて書類整理にモチベーションが湧かなかったんですよね。

  そうなると一々パンチ穴を空けて串に刺す作業すら面倒に思えてくるもんなんです。

 一般論にしちゃいけませんね(^_^;)自分はそうでしたorz

 

 

 そうした「製本」に伴う諸々をタスク完了時点で一気通貫にまとめて出来るようになるだけで、作業量自体が減るわけじゃないのですが、それだけで気持ち的には全然違います。



 

 今回これを書くに当たってネット通販の購入履歴を調べてみたのですが、KaTaSuを使い始めたのは2019年の6月頃だったみたいです。

 正直我ながら手応えを感じるまで2年近くのタイムラグがあったんだと驚きました。

 使い始めた頃の状況を思い出してみると、やっと仕事に自信が芽生え始めたぐらいだったにも関わらず当時の上司の方からなぜか不当に?高く評価されていまして。

 自分としてはその期待に応えようと必死だったつもりなんですけど、途中親が死んだり、ADHDということで特に苦手分野の書類整理については割引いてもらえる感覚に甘えていたと思います。

 

 それが、2020年の11月に異動があって風向きが変わりまして。

 異動後の蜜月が期限切れになったあたりから諸々の問題点が顕在化してきまして、実のところ2021年は人間関係的にはかなり厳しい一年でした。

 なにより「ADHD」とか「発達障害」と言った言葉が伝わらない環境でした。自分の状況を伝えるためにそれなりに努力はしたんですけ、むしろそれまでの「理解ある環境」が「奇跡的」だったと痛感しました。

 

 心中複雑なのは、その厳しい環境がきっかけになって自分の中のADHD性の象徴のような弱点であった書類整理が出来るようになってしまったことです。

 

 

 僕の人生の中で新しい収納文具に手を出して結局上手くいかないサイクルは万年ダイエッターが新手の減量法やサプリメントに飛びついては失敗する構図と同様、失敗するところまで含めて安定の流れだったのかもしれません。

 それこそ減量には一足先に成功したわけですけど、書類整理についてはADHDと言う先天的という説が有力な「烙印」に伴うもので、ADHDであることを受け入れた上で長所を伸ばすことで自己効力感を養ってきた僕としては「そこはしょうがない」とある程度割り切って目をつぶるべき要素だったのです。

 

「答え」が見えてから後出しで思うのは病原を探り当てる「適切な診断」も然る事ながら、真剣に変化を受け入れる一匙の「勇気」と、焦らず、方向性を見失わずにその変化を継続する「根気」が必要であり、かつ自分には足りていなかったのかなと言うことです。

 

 特に「勇気」については、心理的安全性が後押ししてくれる面もありますが、僕のような惰弱な人間にとっては、背中を預ける場所が見当たらなかった2021年のような過酷な環境が必要だったのかもしれません。

 そう思えば、2021年の経験は僕には必要なものだったんだろうなと思います。