「万引き家族」を肴につらつらと書いてみた話し

友人に勧められまして。

もちろんパルムドールを受賞したことは知っていたんですけど、普段あまり「地味な邦画」は見ない上に、受賞作とか話題作もスルーする方なので、そんなことでも無かったら見なかった可能性はあります。

で、勧められた時点で土曜日の夕方過ぎで、ここのところ映画を一緒に見に行くことが多い人を誘うには遅い時間だったので一人で行くことにしました。

来週にしても良かったんですけど、自分の中で「宿題」になってしまいそうで積み残ししたくなかったんです。

結果的に独りで見て良かったと思います。

 

見終わってから独りで熟す必要のある映画だと思います。

まだ見ていない人、これから見る人はこれ以上読まないでください。

自分なりに考えて納得がいったら振り返ってこの文章を読む必要は無いと思います。

そんな映画でした。

 

少なくとも、僕にとっては感動する映画でも、答えが見つかる映画でもありませんでした。

数カ所で泣きそうにはなりましたが、それは特定のシーンや台詞が「記憶」に触れたからです。

 

見終わった後は、不思議な感覚に襲われました。

映画を見終わって、これほど心が静かだったことはなかったかもしれません。

お題を出されたような、自分なりの答えをここから導き出したいという思いだけがありました。

不思議な映画です。

 

実験、シミュレーションという言葉が一番ピッタリくるかもしれません。

家族を語ると言うことは、必ずそこにまつわる前提条件がつきまといます。

どんな家族を語ろうが、必ずそれは「特殊事例」を語ることになります。

では、一般論を語ることが困難な、そんな家族というものを「構造解析」するにはどうしたら良いか。

赤の他人同士を家族という枠組みに「仮組み」してみたら?

そんなシミュレーションです。

 

自分では家族を作ることが能わない、「傷物」達が、自分の願望を叶えるという自己中心的な動機で「必要なピース」を取り込んでいきます。

取り込まれた側も、「足りない」存在です。お互いを埋め合う、そのためだけに作られた人工的な関係性は、、、

 

結果として、「優しさ」と「思いやり」が充満する家族を作り出しました。

「自分もこの絆の中にいることができたら」、「この夢が終わらないでいてくれたら」、と思う瞬間がありました。

 

でも、その仮組みは成り立ちから壊れることが織り込み済みでした。

綻びはそこかしこに見られ、シナリオのような「偶然」がトリガーにならなくてもいずれ崩壊していたことは明らかでした。

実際、映画を見ながら「最悪の後味」を想像してショックに備える癖のある僕は鑑賞しながらいくつもの「伏線」を想定してもっと後味の悪い崩壊のシナリオをいくつも考えついていました。

 

「優しさ」と「思いやり」で充満した、と表現しました。

逆に言えばそこにはそれしかありませんでした。

 

「正しさ」も「前向きさ」も、なにより「未来」が、そこにはありません。

「家族」の構成員はまるで家族を維持することが全てに対しての免罪符になるかのように、「悪行」を社会に振りまきます。

なんの罪も無い、或いは、時としてそんな家族にすら善意を示す人達にまで。

 

悪行は外に向けてだけには留まりません。

「群れ」から脱落した家族は、躊躇いなく、とまでは言わないまでも、切り捨てられます。

最初から居なかったかのように忘れる。そうする以外に、この脆弱な「仮組み」は維持することすら出来なかったのです。

 

では、この泡沫の夢はただの気休めだったのか。

現実逃避の器でしか無かったのか。

そうではないと思います。

 

死ぬことで破綻の端緒となった「祖母」は「孫娘」に添い寝されながらこの世を去る、と言う望外な望みを果たします。

 

他のメンバーも、この「巣」の中で傷を癒やし、未来に目を向けます。

 

幼い身で虐待癖のある両親の元に戻されると言う絶望的な状況に取り残されたように見える「末娘」ですら、洋服を買ってもらうこととバーターで「飼い慣らされていた」母親との関係性を組み直し、自分の人生を歩み出した様子が暗示されます。

 

ただ一人、「父親」は、恐らくはこの家族が続くことを望み、果たせないことが判ってもその思いから離れられないでいるように思われます。

僕は「父親」はそうであることで一定の役割を果たしていると思います。

 

「父親」の心の中に「家族の絆」が生きていることで他の家族は安心してそこから離れることが出来ます。

 

罪を被り獄中につながれた「母親」はためらいなく夫に負っていた「債務」を完済し、次の一歩を歩む準備を整えました。

 

最も未来に近い存在でありながら絆の深さから離れがたくなりえた「長男」もまた、絆を預けて前を向くことが出来たのだと思います。

 

そして、当の父親も恐らくは「浸り」ながらものらりくらりと彼なりの現実を生きていくような気がします。

 

そうか、ここまで語ってようやくあの謎の後味の正体が判りました。

一見悲劇であるこの物語で、実は不幸になった人は一人もいない。

少なくとも、僕に取ってはこの物語は「ハッピーエンド」だったんですね。

 

さて、ではこの映画が語りたかったものは一体何だったのでしょうか。

見る人間が誰一人として同じ家庭観を共有していない現実を考えれば、ただ「考える材料を提供する」ことが目的だったのかもしれません。

是枝監督のことはよく知りませんが、受賞に際しての各所でのインタビュー等からそう考えてもおかしくない謙虚さと思慮深さを感じました。

 

それでは、他ならぬ僕はどう考えたか。

僕は、この映画がパルムドールを獲ったことこそが救いだと感じました。

多くの人がこの映画の提示した枠組みを理解したのです。

家族というものが、本質としていかに理不尽で、不完全な存在であるのか。

多くの人がそのことを認め、あるいはこの映画を観て気付いたわけです。

僕は一人ではなかった。それどころか、少数派ですらなかった。

そして恐らく、僕が「加害者」と目していた人も、人間が背負った家族という業から逃れることができなかった被害者の一人に過ぎず、僕自身立派に加害者であった。

その気付きは、僕に取っては一つの救いになりました。

宿業である家族という絆を、多かれ少なかれ人は背負っています。

僕は、どこかでその業を「再生産」してしまうことを恐れていました。

ですが、同時に、人間はどれだけ強がっていても独りでは幸せになれないことも学びました。

それこそ、この映画が示してくれた物の一つは、優しさ、思いやり、の持つ「凄味」です。

ただ認められ居場所を与えられることで、どれだけ人はたくましく、力強く再生するものなのか。

フィクションの中で描かれたその姿に共感できたのは、それが自分のこの数年の経験とも重なったからでもあります。

試してみても良いのかな、と。

その答えは短絡的に出せるものではありません。

ですけど、そうする価値はあるのかもしれないと、今はそう思うようになっている自分がいるような気がします。

「幸せなADHD」と自分との対比から何かが見つかりかけたような気がしたはなし。

 
「幸せなADHD」は実在します。
 
決して乗り越えた訳ではなく、全力でADHDである自分を出力して、それを自分のストロングポイントとしてしまった人達。
 
 
黒柳徹子さん、平野レミさんと言ったところが「大御所」だと思いますが、そうした「特殊」な世界に生きている人達だけではありません。
 
例えば、私の母がそうです。
 
 
私を産むまで小学校の教員でした。
 
子育てが一段落ついてから時々臨時で教員をしていたりしましたが、授業でピアノを弾く必要に迫られて急に四〇の手習い?で独習しはじめたり、どうも絶望的だと思ったらアッサリクラスに居たピアノが弾ける生徒に「下請け」に出したり。
 
そもそもピアノ弾けないのに教員免許が取れたのも戦後のドサクサだったという程の歳でもないのですが、ノンビリした時代だったんでしょうね、、、
 
 
担任を持たされたこともあって、通知表を家に持ち帰ったりもしました(牧歌的な時代でしたね)
 
当時私は中学生だったと記憶していますが、その頃から根拠のない文章に対する自信がありまして。
 
所見欄を書くのが苦手だった母は、私に「添削」をさせていました。
 
添削と言えばまだ聞こえは良いですが、実態としては読むに堪えない内容なのでほとんど私がゴーストライティングしていました。
 
生徒の人となり、問題点を母親から聴取して、保護者の方や生徒が傷つかない「前向き」な表現にしました。
 
さすがに私の案から手を加えるかと思いきや、そのまま清書していました。
 
 
料理は自己流。
 
レシピ通りに作ることはできず、そもそもレシピなんてものは家に存在しませんでしたし、祖母は母に輪をかけた料理下手だったのでそもそも「家庭の味」なんてものはあってなきがごときものです。
 
イデアだけは「降って」来るので自由奔放です。
 
具がフルーツだけのホワイトシチューとか、オリーブで出汁を取った味噌汁とか。マリアージュと言うより強〇です。
 
 
男性と女性の違いなのかもしれません。
 
が、世間を見渡せば女性でも生き辛さを抱えるADHDな人はいくらでもいるので、そう単純なものでもないでしょう。
 
 
私は、こうした人達を羨ましいと思い、誇らしくも思い、そしてそれ以上に憎み、蔑んでいました。
 
そう自覚したことはあまりなかったのです。
 
ここ数日のSNSを通じた対話、旧友との再会の際に交わされた会話などを通じて、その気付きに導かれました。
 
 
苛立ちを感じていたことには自覚がありました。僕はその苛立ちを当然のことと受け止めていました。
 
「お行儀が悪い」「然るべき努力をしていない」「得意なところだけで勝負している」「自分の欠点を見ないようにしている」
 
ええ、並べて見ると一目瞭然です。
 
敢えて論証する必要も無く、僕が抱いていた感情は「同属嫌悪」でした。
 
 
同属、ではあるのですけど、明らかに「幸せ」な人と自分には違いがあります。
 
その違いが、妬ましくもあり、苛立ちの正体でした。
 
 
先に答えを言ってしまうと、それは「失敗への恐れ」だと思います。
 
ADHDである、と言うことは膨大なトライアンドエラーをひたすら繰り返すことだと言う一面があります。
 
頭の中にはアイデアが渦巻いていて、整理がついていません。
 
どこから手を付けたら良いのか判りません。
 
そこで「優先順位」を考えはじめたら?余程優秀で無い限りは「フリーズ」します。
 
 
優先順位よりシビアな問題は、「アイデアが湧いてくる」という状態です。
 
一つ一つを充分に検討する余裕はありません。
 
検討している過程で次々と「次のアイデア」が湧いてきます。
 
そして、もう一つ、ADHDには「根拠の無い楽観」があるように思います(自分にはあります)
 
物事を楽観的に見るのは人間の特性で、もしその特性が失われたら、人は常に不安の中で暮らさなければならなくなる。
 
そう考えれば、その特性はむしろ人間のストロングポイントなのですが、無限に湧いてくるアイデアを一つ一つ検証もせずに全てトライしてしまったら。
 
そこに待っているのは膨大な数のエラーです。
 
 
「幸せなADHD」とは、つまり極端な言い方をすればPDCAサイクルのDとAだけを超高速で回している状態と言えます。
 
最も幸せな人は周囲から理解あるサポートが得られ、自分の不得意とする、あるいは意識すらしていないPとCを外注にだすことができる環境にある人です。
 
 
なかなか、そんな恵まれた人はいません。
 
ですが、失敗を気にせずにトライを続ける、という自分の特性を「ユニークな才能」と認めてもらうことができれば、そして自分でも受け入れることができれば。
 
多分、それこそが「幸せなADHD」の正体だと思います。
 
 
日本社会の特性を考えると、これはなかなかに奇跡的なことです。
 
基本「村社会」で均質性を重視されますし、人間性の評価でも「協調性」「礼儀正しさ」が重んじられます。
 
 
私には、その日本の中でもとびきり規律重視な一面があります。
 
自分の生き辛さと取り組む過程で「合理性」こそが解決法だと思い、その点については後天的に多くのものを獲得したと思います。
 
ですが、多くの理由があって、規律重視な姿勢は変わりませんでした。
 
この点については、むしろ自分のそうした特性を自分の「個性」として誇りに思ってすらいます。
 
 
自由と規律は二律背反です。バランスが大事だし、振り子の両端のようにどちらかに収まるものではありません。
 
経済が好況と不況を揺れ動くのも、好況が人間を自由にすると同時に規律を破壊する側面があるから、だと思います。
 
社会も大きな歴史で言えば「自由」を希求し、そこに向かって進化しているように見えますが、行きすぎれば必ず「揺り戻し」が起こりバランスを取ろうとします。
 
 
 
一個人の中で、そのバランスの最適解を探す、なんてことはそもそも無理です。
 
 
そして、ADHDである、と言うことは「卒業」できるものではありません。
 
一生添い遂げなくてはいけない。
 
表面的にいかに社会に適応し、普通の人の「ふり」をすることができるようになっても、自分はADHDであり続けるでしょう。
 
 
 
この設問には、たぶん一言で答えられるような解決法はありません。
 
いや、言葉で説明できるような方法はない、と言ってもいいかもしれません。
 
ですけど、自分が本当に自分であることを認め、受け入れ、肯定することなしでは、僕は僕であるための最後のピースを失ったままである気はしています。
 
 
可能性ではありますけど、一つの光は「考えることを止める」ことではないかと思います。
 
そうしたとしてももちろんその考えが頭から抜けることはないかもしれません。
 
それはそれで良いのです。
 
ただ、自分の頭の中には多分探したところで「正解」はないでしょう。
 
 
手を動かし、いろんなところに行き、人と話し、本を読み、ADHDらしく躊躇いなく膨大なトライアンドエラーを繰り返す。
 
 
皮肉な話しですけど、多分、その中にしか答えはないのではないかと。
 
これを不幸と捉えるのか、幸運であると捉えるのか、どちらも一定の真実だと思います。
 
でも、その評価も今はしないことにします。
 
 
考えてみれば、今までも僕はそうやって同じものを探していた気がします。
 
ただ、少し仕事に余裕が出来て、「自分がどこにも向かっていない」錯覚があったんですよね。
 
実際はそんなことなくて、自分がやるべきことを認識出来ていなかったり、見ないふりしていたんですけど。
 
 
自分が好きになることが一つの答えなら、僕は躊躇いなく次の行動に移れる自分が好きです。
 
それはこの二年で一つ見つけたことです。
 
そうです。本当は僕は既に経験しています。
 
答えは一つでは足りないし、一生探すものなのかもしれません。
 
でも、探し続けることこそが生きることなら、立ち止まって悩むことだけは、してはいけないことなんです。

悔しいけど心動かされた話し。 プロフェッショナル 仕事の流儀 「かこさとし 最後の記録」を見て。

あざとい。
 
「忌の際」を録り溜めて見せるなんて。感動ポルノの極みじゃないか。
 
でも、その下司さ加減、残酷さ、そう評される怖さを乗り越えてこのプログラムをものした、ドキュメンタリー作家としての矜持に感謝する。
 
 
昨今だるまちゃんシリーズのイメージが喧伝されていたので正直、あれ、違う人だったのかな、と思い惑っていたのだけど、僕にとっても「かこさとし」さんは大事な先生だったことを「突合」し、「確認」させてくれた。
 
あらゆる事象をクドい程細かく絵本というフォーマットの中に落とし込む手法こそ、かこさとしの真骨頂であり、かつて幼い日の僕に多大な影響を残した「見失っていた」絵本作家の「正体」だった。
 
これからしばらく、僕はこの人の残した物を追うことになるかもしれない。
 
その人こそ、僕の中で求めても追いきれないでいる、憧れの先にある「誠実さ」を創作の世界の中で示してくれた一人だったことを、鮮やかに思い出させてくれた。
 
 
その創作の原点となった誓い。
 
そして、80を越えて命を削りながら創作に向き合うその姿。
 
 
まだまだ「宿題はある」と言う。自分の「これまで」をなにも誇らず、死の21日前でさえ、駆り立てられるように「天命」を果たすための「これから」を見つめる。
 
その姿の前では、自分のなにもかもが恥ずかしく思える。
 
 
救いは、自分には多分まだ少々の取り戻すための時間が残されていること。
 
そしてもう一つ。
 
決して「死に様」ではなく、最後の一滴まで絞りきるようなその「生き様」を見せてもらえたこと。
 
 
この姿を見て力にできないとしたら、人として嘘だと思う。

頭が沸いたついでに恥ずかしいことを書いちゃった、そんな話し。

「誠実」ってなんでしょう。

ここ数年、私は生まれてこの方この言葉に惑わされてきたなと思うようになりました。

「八つ当たり」のような気もしますが、良かったら読んでやってください。

 

私は、この言葉には二つの大きく違う「使われ方」があるように思います。

 

一つは恋愛においてある種の男性の持つ美徳を評価する際に多く便われる使われ方。

 

もう一つは生き方、特に「仕事」に対する姿勢を表す際の使われ方。

 

どちらも「生真面目で裏表の無い様」を表すと言う共通の意味合いではないかと思われる方もみえるかもしれません。もしかすると、世間的にもその見方が多数派なのかもしれません。

 

私は両者は明白に違うと思います。

両者を分けるのは、「時間軸」だと思うのです。

 

前者は時間を過去から永劫の未来に渡って超越するさま、或いはそうなることへの期待感を含みますが、後者の場合は今現在の状態を表すことが多い。

 

もう一つ言えば、前者では倫理的な要素を多く含みますが、後者ではその丁寧さ、緻密さ、言ってみれば「分解能の高さ」をより多くその意とするように思います。

 

 

乱暴私見を述べますが、多分前者は「幻想」であると思います。

 

人の恋愛感情には賞味期限があると言うのは脳科学者の書いた啓蒙書の類にも書かれ、今や社会的なコンセンサスにもなっているある程度の確度、説得力のある仮説だと思います。道義的、社会規範上は不都合なはずのこの仮説がある程度受け入れられているのは思い当たる節のある人が多数派だから、なのかもしれません。

 

結婚は安定的な社会の基盤の一つと考えられる重要な「契約」ですが、端緒、源泉となる価値はいずれ等しく失われる。

「一時の熱情」が消えても同志の絆、友人関係、仲間意識、踏み込めば肉体を重ねた記憶の共有、首尾良く授かれば両者にとって大切な存在である子供の存在等が「かすがい」になり、よりフラットな持続性のある関係性が共に過ごす時間の中で改めて結び直される。

 

もちろん、運が良ければ、ですが。

 

冒頭で「男性の」と限定しましたが、シングルマザーを国家が財政的に支える決断をした国では女性の側から離婚を申し出たり結婚そのものを望まないケースの割合の方が多数派となったとの統計もあるようです。

経済的に依存する必要がなければ「もう一人手のかかる大きな子供」を抱えるのは理性的な判断ではないのかもしれません。

 

 

いずれにせよ、どちらにとっても「いつまでも私だけを見て欲しい」という願いは儚いものです。

 

だからこそ、「メンテナンス」が大事で、結婚したからもうお仕舞い、努力する必要はないと愛情確認や自分の魅力を保つ労を取らずにいて相手の気持ちを失うことになったとすれば、「誠実」で無いのはどちらの方でしょうか。なんて、そこまで踏み込むと独身者の僻みですね。

 

 

私には過度に「言葉に縛られる」傾向があります.。経験によって、実社会で起こっていることを観察し解釈することである程度の合理性は獲得したと思いますが、一時期は自分のこの傾向を持ってADHDと併せてASD傾向もあるのではと悩んだ程です(そして、実際そうなのかもしれません)。

 

両親が若くして出会い、共に不器用で現在に到るも稚拙な感情表現をぶつけ合いながら「永遠の絆と言う共同幻想」を金婚式を迎えても維持し続けている、という冷静に考えると極めて異常な環境で育ったことも大きく影響したかもしれません。

 

恥ずかしながら、「運命の相手」がいて、妥協しなければいずれ出会えるという妄想に無意識のうちに囚われていた時期が長かった。平たく言えば、交際の対象になるのは本当の意味で好きになった相手だけだと思い込んでいたのですね。付き合ってもいないのにどうやって判断するつもりだったのか、、、

 

さすがに20代に入るとその考え方は「危険」だと察することはできたのですが、そう察することで次は、「自分の信じてきたものは嘘だったんだ」と言う思いに囚われました。

 

いわば、「神を失った」ような状態です。下手をすると、自分が相手に好意を持っていることを悟られたら不味い、ぐらいのねじくれ加減でした。ああ、そういう意味ではむしろ「隠れキリシタン」だったのかもしれないですね。どこかで信じたいと思いつつ、そのままでは社会に取り残されるという危機感から宗旨替えしなければと焦りながら、結局それ以上の価値観を見つけられないでいたような。

 

そんな心持ちの人間に良縁が訪れるはずもない(と言うのも思い込みかもしれないし、間違いなく他にも要因はあったし、単に偶然そうなったと言うことでもあるとは思いますが)

 

ここ数年のことです。私がようやく自分の信じるに値する「信仰」を見い出したのは。

 

もしかしなくても、当たり前に素直に育った人なら考える必要もなく、ものごころついた時からそう考えるものなのかもしれません。

 

そうした人が読めばなにを分かりきったことを言っているのかと笑うより訝しがられるかもしれません。

 

恥を忍んで記しますが、私の見い出したのは、

 

「誠実さとはもちろんのこと相手に求めるものではなく、自分の中に備わっているものでもない。

 

過去と変わらずに生きることを誇ることでもなく、未来を約束することでもない。

 

今この瞬間を丁寧に、自分を偽らずに生きるために戦うことだ」

 

です。

 

 

私自身そうであるように、人は人生を通して誠実でいることは難しい。なにせ、自分に誠実であることが誰かへの裏切りになったり、誰かに誠実であろうとして社会を敵に廻すことだってあるのです。

 

私たちは瞬間的な判断の連続の中で生きています。「それぞれの誠実さ」の重さを計り損なうことは誰しもに起こり得る「避けられない災厄」のようなものなのかもしれません。

 

大事なことは、常に「新しい今」を自分が生きていることを、忘れないことではないでしょうか。

 

人間は「今自分が誠実である」こと以上のことは約束することのできない存在なのですから。

読書感想文「非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か」について

 

[rakuten:rakutenkobo-ebooks:16065649:detail]

 

個人的に共感する部分が多すぎてまともに線引いてると線の意味が無くなりそう(全部引いちゃいそう)だった。

ま、実際のところはこの人は私より若いし結婚して息子さんも見える。

ん?じゃあこの人はかつての誰にも相手にされなかった自分を回想しつつこの本を書いていたのか?と思われるかもしれないが、そんなことはない。

 

うん、そこがよく分からないのだ。

渇望があればこそ、少なくとも子をなすまでの一通りのプロセスは経験しているのだから、そのことへの言及があったって良いと思うのだが、少なくとも自ら経験したはずの恋愛のブライトサイドへの言及が一切見当たらない。

 

筆者の私生活として登場するのは体の弱い息子を主夫として育てるところぐらい。

大多数がモテない男性であろう読者に配慮して敢えてそういう構成にしたという訳でもなく、恋愛しても結婚しても拭い去れない自分の男性性への嫌悪が本書の大きなテーマだったりするのだ。

 

ん?それってトランスジェンダーであることのカミングアウトってこと?

 

いや、違う。筆者はヘテロセクシャルであり、日本社会の権勢的マジョリティである男性であることを自覚し、ジェンダー研究家らしく自分の性意識のスペクトラム性については赤裸々に認めてはいるものの、そもそも筆者が嫌悪する自分の男性性というものは、むしろ社会からマジョリティとして恩恵を受けているグループの一員であることも含めてその存在についての嫌悪感だとまで説いているのだ。

 

つまり、モテようが、結婚しようが、父親になろうが、その感情とも衝動ともつかない想いは消えないのだ。むしろ、恐らくそうしたステップを踏む度にその想いは新たになっているのかもしれない。自己免疫不全で自らの免疫機構に日々体を蝕まれているような状況が心理レベルで起こっているとでも言うか。

 

それでいて、この人は私よりずっと「当たり前の男性」としての人生を歩んでいる。

 

そういう筆者に共感している自分がいた。

 

いや、どうだろう。本当にそうなのか、よく分からないのだ。

 

例えば、私は今住んでいる町にたった一人中学時代からの同級生の友人がいたのだが、過去形なのは今彼とは絶縁状態だからだ。

きっかけはある晩一緒に飲んだときに、彼にいかに世界は男性的な暴力で満ちていて、生々しく、そこには本来理想主義的なものは理念でしか存在しない、なんて説教をされたからだ。

そういう説教をするからには、私は現実を見ずに理想ばかりを語り、故に現実を生きる力に乏しい。そう心配されていた、と言うことなのだろう。

 

私は現実を知らないわけではない。

一通りのことを知ることがまず人間として生きる上で必要だと思って、えり好みせずに情報も経験も摂取してきたつもりだ。もちろん、一人の人間として生きる上での限界はあるので、その内容は全てと言うには乏しく、偏ってもいるだろうけど。

ただ、そのかつての友人が語ったレベルのことは既知のことであった。

私が彼の説教に激怒したのは、その内容が私が嫌悪することだったから。その一点に尽きる。

この世に嫌いなことなんて山ほどあるけど、嫌いだからと言って避けて人生通れるわけじゃない。実際苦い物を呑み込むような経験はいくらでもしてきた。

ただ、理想として持ってるものまでその苦い物に合わせなきゃいけないのかと言えば、それは違う。

だから、多分、私はあの晩、その元友人に思想的にレイプされたような気持ちになっていたのだろうと思う。実際、その友人も私と大して変わらない弱虫の善人として生きてきたはずなのだ。嫁さんとは大恋愛の末結婚したようだけど、それこそ棍棒で殴って気絶させた奥さんを髪の毛引っ張って自分の洞窟に攫ってきた訳じゃ無い。むしろ、頭が割れるほど相手のことを考えてそこまで行き着いた、というのが私の見解だ。

 

もしかしたら、あまりの私のモテなさを心配してのことだったのかもしれない。

いや、まあ多分そうだろうと思う。

私はスペックにしてはモテなさすぎだと思う。

 

背は低い。(163cm)

今は標準と言っても嘘じゃ無いレベルにサイズダウンしているが人生の大部分は肥満として過ごしている。

酒癖が悪い。

ADHDだ。それに付随するいろんな欠点がある。人の話を聞かない。片付けられない等々。

うん、まあモテなくても不思議というほどでもないかな。

 

一応正職員として働いているし、勤務先は地元の中では良い評価を受けていると思う。

顔は自分で言うのもなんだけど、平均を大きく下回っているわけではないだろう。ここは個人の趣味が大きく反映されるし、だとしても万人受けするとは言わないけど。

 

ただ、モテないのはそれが原因なのかとか、そこをどうにかしたらモテるのかと言えば、そんなこともない、と思う。今「そんなこともない」と書いた瞬間、それは本当はどうなのだろうと考えた。もしかして、世界は私に何かを隠しているのかもしれない。

自分は知らないだけで、自分が抱えている恋愛に対するビジョンなんて童貞の空想ぐらいにしか存在しない物なのかもしれない。

 

 なんて、人(著者)のことは散々言ってるのに自分についてはこんな思考しかできないからダメなんだよね、、、

 

というわけで、あるべくしてモテないだけなんだなーと気付けたことが本書を読んだ収穫、、、なんて話になってしまいましたorz

 

モヤッとしたけど大事なことはそこじゃないかもしれないと思った話し。

こんな幟は東濃地域にしかないかもしれなくて例えば岐阜辺りの人は、「え、連中そんな不届きなこと考えているの!?」的にビックリするかもしれないのですが、どういうわけか昨年末辺りから割と頻繁に見かけるようになりました。

多治見の辺りだとどうなんだろう。最近ご無沙汰なのでその辺よく分かりませんが、少なくとも瑞浪辺りぐらいまでは結構みかけますね。



何を隠そう、私は東濃独立主義者です。

 

県都岐阜市の人達はヘタすると東濃のことを飛騨より遠い存在だと思っている節があります。私の感覚では行政資源の割り振りという点で東濃は割を喰っている可能性すらあるんじゃないかと思っていたり。

 

なんでそうなっちゃったのかと言えば、一番大きいのは近代化の過程で「大動脈」が美濃に向かう中山道から国道19号、中央道、中央線と名古屋に向かうものに切り替わっちゃったことでしょうね。まあ、そうなったのは中山道華やかなりし江戸時代から尾張との縁が強かったからなのでしょうけど。

 

東濃は尾張と木曽を結ぶ線上に位置します。木曽は木材供給地であり、木曽川の上流地としても尾張にとっては生命線と言ったらオオゲサかもしれないですけど、かなり重要な「植民地」でした。

 

当然、当時から下街道である中馬街道、木曽川の水運と言った尾張と木曽を結ぶ交通網も中山道と並列して栄えていたようです。中山道が幕府お抱えの官営街道として手厚い制度的財政的庇護を受けていたことを考えれば尾張との結びつきはより経済面での繋がりに依っていて、その分根強いものだったのでしょう。

 

一筋縄じゃいかないのは、じゃあ東濃は尾張の一部だったのかと言えばそうでもなかったと言うこと。江戸幕府の基本方針と言えば特定の藩のパワーが突出しないように「出る杭は打つ」。御三家の一角でありながら宗治の幕府との対立や、御一新の際には実質的に幕府に引導を渡す役割を演じたことから考えると、幕府にとっての尾張藩はある意味加賀藩等と並んで、或いはその血筋への遠慮からより「難しい」存在だったことは想像に難くありません。と言うことで、東濃地域と言う江戸と京の間を結ぶ中山道の要衝地でこの「難物」が突出しないように慎重に「モザイク」状に天領岩村藩、苗木藩や旗本領と雑多な勢力が配置されました。かの島崎藤村の長編小説「夜明け前」にも、幕末当時の馬籠宿が木曽福島の代官(幕府役人)と尾張藩主という二つの主をいただく複雑な立場だったことが描かれます(つまり佐幕派倒幕派の筆頭格の股裂状態)。

 

明治以降も名古屋県配下だった時期があったりと腰の据わらない状況が続いたこともあり、元々同じアイデンティティを共有していたわけではない東濃地域の人々は自分達は何者かと問われれば、今の市単位よりも小さな町村単位で地域的なアイデンティティを主張する傾向にあるのではないかと思います。

 

結果として東濃の住民の「岐阜県民」と言う自覚は恐らく岐阜県の中で一番薄いのではないでしょうか。この点、より地理的な隔絶感の高い飛騨地域の人達がむしろ岐阜県の行政資産に対する意識が強いことと対照的な気がします。

 

 

さて、話題をご当地ナンバーに戻します。

 

 やっと時代が私に追いついてきたか、と思っていると思いきや、実はこの流れにはちょっと当惑気味だったりします。

そもそも「東美濃」とはなんぞや。

ってヤツです。

飛騨川の東側はもう美濃じゃない。むしろ今中濃って言われている辺りが東濃でいいんじゃない?なんて思っていたり。

それ以東はじゃあなに?と言えば、立派な歴史的アイデンティティを表す地名があるじゃないですか。

「土岐」です。最盛期には美濃、尾張、伊勢の三か国の守護大名を努めた土岐源氏縁の地名(実際は土岐氏が所領である土岐の名をいただいたのですが)であり、現在でも多治見市の市章に桔梗の紋があしらわれ、土岐市はモロに地名に土岐を冠し、瑞浪市はそもそも土岐氏の本拠地一日市場が所在するホームタウンです。

 


が、そうは言っても「土岐」の名が弱いのは恵那以東は「恵奈郡」というまた別の由緒ある地名を与えられているからです。

ちなみに恵奈郡は平安期以降に分離するまでは木曽を含んだ広大な地域を表す地名だったようです。恵那と伊那は兄弟地名って言う説はこの近辺の地方史を当たるとまず最初の数章の中に見つけることができます。


というわけで、些かモヤッとする部分は残るのですが、現在の状況を考えると、土岐と恵奈を別々に考えてしまうと地域アイデンティティを主張するには規模の点で些か弱くなってしまい、比較優位な土岐の地名を持ち出すのはこれも由緒ある恵奈の地名への配慮を欠くと考えると、他に適当にこの地域を言い表す言葉が無い以上、「東美濃」という旗印を受け入れざるを得ないのかな、、、等と思ったり。


いずれにせよ、この地域は、いわゆる「美濃」とはまた異なる道筋の中で育まれた風土を持っており、地理的、文化的、交通網的に「隔絶」されているが故に岐阜県にあっては冷遇されているこの地域が、地域アイデンティティの醸成を模索し始めたことはやっと始まった必然的な流れであり、東美濃という名称には「なんじゃそりゃ?」と思いながらも、そこで立ち止まって名前争いをするよりは取りあえず結集することが大事なんじゃないかと思ったりするのでした。

君子じゃないので危うきについて嗅ぎまくってみた話し。

 

アフター・ビットコイン: 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者

アフター・ビットコイン: 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者

 

とても参考になりました。

 

ビットコイン投資をするために読み始めたと言う訳ではなくて、多分否が応でもこれからも存在を意識しなきゃいけないものについては一応自分なりの立場を固めておかないと不安になる、という自分の「ビビりな習性」を満たしたしてやるために、ですね。

 

もちろん読んで「これはいける」と思ったら投資自体には抵抗感が全くと言って良いほど無いので行っていたと思いますけど。

 

私は本書を読んで「いかない」ことを選択しました。

ま、今の時点で参入しようと思う人は、、、いるかな、、、、いるかもしれないですね。

 

当初は「未来のお金」という響きそのものが魅力だったと思います。それこそビットコインで個人がPCの空き時間にマイニング出来ていた時代にその存在について認識はあったし、マイニングという行為そのものについても一応調べたりしたんですよね。

 

それでも私が知った時点ではもうアーリーアダプター達が通り過ぎた後というか、空き時間にマイニングする程度だと電力消費に見合わないと言う話になっていて、ならいいかとスルーしちゃったんですよね、、、

 

と言うわけで、ここ最近衆人の目にも入るようなメジャーイシューになって当時採算度外視で手を出していれば、、、と歯噛みした、というのも本書に手を伸ばした理由だったりします。

 

 

現状を考えると、、、奇妙な展開ですよね。

 

今となっては本質について理解していない人でもとりあえず「バブル」であることは理解した上で、そこにのっかるかどうかをベットしている状態、でしょうか。

 

タイミングが合えば確かに勝ち抜けできるんでしょうけど、サスガに今からだとかなり分の悪い勝負になると思います。

 

その理由についてはクドクド述べるよりも本書を読んでいただいた方が早いんですけど、僕なりの理解をサラッと述べれば、

決済手段が存在意義なのに現状では金のような「代替資産」になってしまっていてそこから抜け出せない状況に陥っている(価格の乱高下と大部分を極めて少数者が保持してしまっている状況などから)

・かと言って金のようにそれ自体に価値があるわけでもないし、法定通貨のように裏書きしてくれる後ろ盾があるわけでもない。

 

と言うわけで、土地や株のバブルよりも遙かに判りやすくダメな子だと思います。もちろんタイミング次第であぶく銭を掴む可能性は十二分にありますが、もろギャンブルですね。

 

 

本書の優れている点は、ビットコインアルターコインの動きとは切り離してブロックチェーンという技術そのものを現状を踏まえた上で冷静に評価しているところですね。

 

決済手段としてのブロックチェーンは確かに未来を切り開く可能性を持っている。だけど、その点ではビットコインも大部分のアルターコインも「失敗作」であり、未来の通貨を担う種子はもっと面白みの無い各国の中央銀行や既存の銀行間ネットの中で粛々と育まれていていずれ芽をふいて我々の生活を潤してくれますよーというところまで語ってくれます。

 

ま、ビットコインに纏わる夢やロマンの破壊者という評価も出来る訳で、この本を読んだら不快に感じる人は多いだろうとも思いますけどね。